東京高等裁判所 平成11年(行コ)49号 判決 1999年12月20日
控訴人
古宮杜司男
外五名
右六名訴訟代理人弁護士
高橋利明
同
竹中喜一
同
土橋実
同
堀敏明
同
谷合周三
同
清水勉
同
羽倉佐知子
同
塚原英治
同
三田恵美子
同
尾林芳匡
同
中野直樹
被控訴人
株式会社日立製作所
右代表者代表取締役
金井努
右訴訟代理人弁護士
古曳正夫
同
田淵智久
同
今村誠
同
清水真
同
緒方延泰
被控訴人
株式会社東芝
右代表者代表取締役
西室泰三
右訴訟代理人弁護士
西迪雄
同
向井千杉
同
富田美栄子
被控訴人
三菱電機株式会社
右代表者代表取締役
谷口一郎
右訴訟代理人弁護士
海老原元彦
同
廣田寿徳
同
島田邦雄
同
谷健太郎
同
田子真也
同
本村健
被控訴人
富士電機株式会社
右代表者代表取締役
沢邦彦
右訴訟代理人弁護士
狐塚鉄世
同
成田茂
同
成毛由和
同
戸谷博史
同
大串淳子
被控訴人
株式会社明電舎
右代表者代表取締役
瀬古茂男
右訴訟代理人弁護士
田中圭助
同
水谷彌生
同
喜多村勝徳
同
奥村裕二
同
本藤光隆
同
奥原喜三郎
同
河合信義
同
吉井直昭
被控訴人
株式会社安川電機
右代表者代表取締役
橋本伸一
右訴訟代理人弁護士
朝比奈新
右訴訟復代理人弁護士
長堀靖
被控訴人
日新電機株式会社
右代表者代表取締役
安井貞三
右訴訟代理人弁護士
田村公一
同
小原健
同
榎本哲也
同
水上洋
被控訴人
神鋼電機株式会社
右代表者代表取締役
西﨑允
右訴訟代理人弁護士
入澤洋一
同
池田健司
被控訴人
株式会社高岳製作所
右代表者代表取締役
松永一市
右訴訟代理人弁護士
山近道宣
同
矢作健太郎
同
熊谷光喜
同
内田智
同
和田一雄
同
中尾正浩
被控訴人
日本下水道事業団
右代表者理事長
内藤勲
右訴訟代理人弁護士
神宮壽雄
同
川上英一
右訴訟復代理人弁護士
中久保満昭
同
飯島康博
右指定代理人
飯野和男
外二名
主文
一 原判決を取り消す。
二 本件を東京地方裁判所に差し戻す。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、連帯して、東京都町田市に対し、二億〇二四〇万四五八八円及び内金一億八三七九万三二〇〇円に対する平成八年三月七日(ただし、被控訴人日新電機株式会社及び同株式会社安川電機については、いずれも平成八年三月八日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人ら
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 本件事案の概要
一 原判決の記載の引用(当事者双方の原審における主張)
控訴人らの本訴請求の趣旨、本件事案の概要、争点に関する当事者双方の原審における主張等は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の項の記載のとおり(ただし、原判決二二頁六行目に「予算概算事業費」とあるのを「予定概算事業費」に改める。)であるから、この記載を引用する。
すなわち、本件は、町田市が被控訴人事業団に委託した下水道施設に関する本件各委託工事について、その請負代金額が被控訴人事業団及び被控訴人九社の間での談合によって不当につり上げられたとして、町田市の住民である控訴人らが、市に代位して、被控訴人らに損害賠償を求めているのに対し、本件訴訟の前提手続として控訴人らの行った監査請求が法定の監査請求期間内に行われた適法なものとみられるか否かが争われている事件である。
二 当事者双方の当審における主張
1 控訴人らの主張
(一) 昭和六二年最判は、財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとして、その是正措置を求める監査請求において、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきものとしている。この最判の趣旨は、同法の規定が、同一住民が先に監査の対象とした財務会計上の行為又は怠る事実と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求を重ねて行うことは許されないとしているものと解されるところ、特定の財務会計行為の違法とその行為に基づいて発生する実体法上の請求権の発生原因事実が表裏の関係にある場合には、このように解さないと、当該行為の是正を求める監査請求として構成した場合には一年の期間制限を受けるのに、これを怠る事実として構成すれば期間制限を受けないということになり、右のような法規の趣旨が没却されることとなるという点にあるものと考えられる。このような最判の趣旨からすれば、その判旨が妥当するのは、当該行為の違法とそれに基づいて発生する実体法上の請求権の発生原因事実とが表裏の関係にある場合に限られるものというべきである。
ところが、本件の事案は、市の被控訴人らに対する損害賠償請求権が、市の財務会計職員の財務会計上の行為が違法であることによって発生するとしているのではなく、専ら被控訴人らの談合行為という不法行為によって発生しているとする事案なのである。というのは、本件の事案においては、市と被控訴人事業団との間での基本協定あるいは年度実施協定の締結は、いずれも受注予定業者も決まっていない段階、すなわち、談合の実行行為たる入札の以前に行われたものであり、また、その際設定される工事代金の設定額は、被控訴人事業団が全国ほぼ一律の積算方式によって算出した積算額を基にして決定されたものであり、談合業者等の介入なしに行われたものであるから、談合の有無によってその金額が変わってくるものではないのである。つまり、この実施協定で予定された工事代金額は、入札業者間での価格競争によって変動するものであり、現実の工事代金額が最終的にいくらとなるかは、この段階では未だ不確定の状態にあったのである。したがって、談合行為の存在を考慮に入れても、この時点における年度実施協定の締結自体を違法と評価し得るものではなく、また、この実施協定に基づいて市から被控訴人事業団に対して行われた委託費用の支払い自体も違法となるものではなく、これらの時点で市に損害が発生するものとすることはできないのである。本件においては、被控訴人事業団が、被控訴人九社との間での談合によって決定されたところに従って、本件各委託工事を被控訴人三菱電機及び同明電舎に対して発注し、右談合による工事請負代金額に基づいて市に対して工事費用の精算を行い、右談合による水増分の工事費用を市に負担させることによって、初めて市に損害が発生したこととなるのである。
そうすると、本件事案は、市の職員の財務会計上の行為の違法とそれに基づいて発生する市の被控訴人らに対する損害賠償請求権の発生原因事実とが表裏の関係にある場合には該当せず、右昭和六二年最判の判旨は、本件には適用の余地がないものというべきである。
(二) とりわけ、本件の事案においては、市と被控訴人事業団との間で基本協定や各年度の年度実施協定が締結された時点では、被控訴人事業団と被控訴人三菱電機あるいは同明電舎との間での本件請負契約は締結されておらず、したがって、この段階では、仮に、被控訴人らの間での違法な談合行為の影響によって、右の基本協定や年度実施協定の締結行為が客観的にみれば違法とされるものとなっていたとしても、およそその違法性を立証することは、現実問題として不可能なものというほかなく、住民においてこのような違法な事実を指摘してその違法行為の是正を求めることも、到底期待できないものといわなければならないのである。そうすると、この基本協定や年度実施協定締結の時点から監査請求期間を起算することが不当なことは、明らかなものというべきである。
そもそも、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求については、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることとなった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきものであることは、平成九年最判の判旨の説くところである。本件の事案においては、市と被控訴人事業団との間で基本協定や各年度の年度実施協定が締結された時点では、市が被控訴人らに対してその違法な談合行為による損害賠償請求権を行使することは、仮に法的には可能であったとしても、現実には不可能であったものというべきであるから、法の規定する監査請求期間は、市が被控訴人らに対して右の損害賠償請求権を行使することが現実に可能となった時点、すなわち、被控訴人らによる本件談合行為の事実が初めて公になった平成七年六月の時点から起算されるものというべきである。
(三) 法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」の有無の判断に際しては、住民監査請求制度、住民訴訟制度の趣旨を生かすべく、各事案ごとに可及的に柔軟な解釈が求められるものというべきであり、その意味からすると、この点の解釈は、住民が監査請求をいつまでに行うことが可能であったかという観点からではなく、いつまでに監査請求が行われなければ住民に監査請求を行う権利を失わせてもやむを得ないかという観点から行われるべきである。本件の事案においては、談合を行った企業等に現実に法的責任を負担させるためには、談合の事実が報道されるなどしたというだけでは到底足りず、談合の事実についての相当程度の立証と損害の立証の見通しが立つことが求められるものといわなければならない。このような本件事案の特殊性にかんがみると、監査請求は、談合を行った企業が談合の事実を認めたものととらえられてもやむを得ないものとみられるとき、すなわち、各被控訴人らが公取委の課徴金納付命令に応じて課徴金を納付したとき(少なくともその納付期限である平成七年九月一三日)以降に行えば足りるものというべきである。
2 被控訴人九社の反論
(一) 件においては、控訴人らは、本件談合という不法行為に基づく損害賠償請求権が市に生じていたとするのであるが、被控訴人らの談合行為それ自体が市に損害を発生させることがあり得ないことは明らかである。控訴人らの主張は、結局、市が、被控訴人らの談合行為の影響を受けて、違法な各年度実施協定を締結し、これによって、過大な債務を負担するという違法な財務会計上の行為を行い、そのため、市に損害が発生したというものにならざるを得ないのである。したがって、本件の事案は、実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実として監査請求がされた場合で、対応する財務会計職員の特定の財務会計行為が違法又は無効であることに基づいて当該請求権が発生するという場合に当たることは明らかなものというべきであり、控訴人らの主張は失当である。
なお、控訴人らが当審において新たに行うようになった、年度実施協定の締結あるいはこの実施協定に基づく市の被控訴人事業団に対する委託費用の支払い自体は違法なものではなく、これらの時点で市に損害が発生するものではないとする主張は、原審において、控訴人らが再三にわたる釈明を受けた後にその請求原因を確定し、その主張を前提として、原審における審理が行われ、判決が出されたという経過に照らし、時機に後れた攻撃防御方法に当たるものというべきであり、したがって、控訴人らのこの主張は、却下されるべきである。
また、控訴人らは、右の「財務会計上の行為の違法に基づく請求権」という場合の「違法」について、それが客観的に違法とされることでは足りず、財務会計職員の行為に当該地方公共団体に対する関係での義務違反が存在することを要するものと主張する。しかし、客観的にみて不適切な財務会計行為があり、これによって地方自治体が損害を被り、又は被るおそれがある場合には、職員に故意、過失がない場合であっても、当該財務会計行為について監査請求及び住民訴訟の提起ができないものとする理由はないものというべきである。しかも、本件において、控訴人らの主張するように、被控訴人らの談合行為によって被控訴人事業団に対する委託料の額がつり上げられたものとすれば、市の財務会計職員がこの違法な談合行為の影響を受けてつり上げられた金額の委託料債務を負担するという財務会計行為は、客観的にみて違法なものであることは明らかであり、これが適法なものとして是認される余地はないものというべきである。
(二) 法二四二条二項は、「当該行為のあった日又は終わった日」から監査請求期間を起算するものとしており、住民が現に監査請求を行うことができた日からこれを起算することとしているものではない。住民が現実に監査請求を行うことができるときから監査請求期間を起算すべきものとする控訴人らの主張は、独自の議論というほかない。平成九年最判がいう「請求権を行使できない場合」とは、地方公共団体の職員の知・不知にかかわらず、当該請求権を行使するにつき法律上の障害又はこれと同視し得るような客観的障害のある場合をいうものと解すべきであり、本件の事案がそのような場合に当たらないことは明らかである。
(三) 法二四二条二項の規定の趣旨は、財務会計上の行為が違法又は不当である場合であっても、これをいつまでも監査請求や住民訴訟の対象となり得るものとしておくことが法的安定性を確保する上で好ましくないと考えられることから、速やかにこれを確定させようとすることにあるものと解すべきである。控訴人らの同項ただし書の「正当な理由」の有無の判断基準に関する主張は、このような法の趣旨を無視するものであり、失当である。
3 被控訴人事業団の主張
(一) 本件各委託工事に関する市と被控訴人事業団との間での委託協定と被控訴人事業団と被控訴人三菱電機あるいは同明電舎との間での本件各発注工事の請負契約とは、各別個の独立した契約である。すなわち、右委託協定においては、被控訴人事業団は、市が毎年度の予算に計上する範囲内で市の指示する設計書により本件各委託工事を施工し、これに対し、市は、同工事に要する費用を年度実施協定に定めるところにより被控訴人事業団に支払うものとされている。右の工事が完成したときは、精算事務処理要領の定めるところにより費用を精算するものとされているが、この精算は、市から委託された工事の施工に要する費用について市からの納入済額と被控訴人事業団において委託協定(年度実施協定)の定めるところにより市の支払義務があるものとして確定した費用の額との間に客観的に金額の異動を生じた場合に、被控訴人事業団が一方的に行う費用の還付行為であって、しかも、これは、被控訴人事業団の責任において外部に発注する本件各発注工事の契約金額について行うものではない。他方、被控訴人事業団は、本件各委託工事を外注の方法で施工するのであり、これを各部分工事に分けて外部に発注することとなるが、この本件各発注工事に関する契約は、専ら被控訴人事業団がその責任と権限において行うものであり、本件委託協定上の義務として行うものではない。すなわち、右の工事を被控訴人事業団が外部の建設業者に請け負わせることは、右委託協定の内容とはされていないのである。このように、本件委託協定と本件請負契約とは、契約の当事者やその目的物、契約に係る予定価格をも異にする、各別個の相互に独立した契約なのである。
(二) 控訴人らの本訴請求は、被控訴人らによる談合行為が不法行為に当たるものとし、その不法行為による損害が市に発生しているものとして、市に代位してその損害の賠償を求めるものである。しかし、談合行為による損害は、その談合の対象となった工事の発注者について発生するものであるところ、前記のように本件における契約関係の内容からして、談合の対象となった本件各請負契約の発注者の地位に立つものでない市については、談合による損害が発生する余地はないものというべきである。しかも、そもそも、本件における市の被控訴人事業団に対する支出自体は、市が、その責任において議会の議決を経て予算措置を採り、被控訴人事業団との間で適法に締結した年度実施協定によって負担した支払義務に基づき、適法に行ったものであり、この支出行為によって市に損害が発生したものとすることはできないことが明らかなのである。したがって、控訴人らの本訴請求は、その主張自体からして失当なものというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 法二四二条二項の規定の趣旨等
法二四二条二項本文の規定が住民監査請求について期間制限を定めた趣旨が、普通地方公共団体の執行機関、職員の財務会計上の行為が違法、不当なものである場合においても、それをいつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとしておくことが、法的安定性を損なうこととなり、好ましくないと考えられることにあることは、昭和六三年最判の判旨にあるとおりである。また、同条の規定の文理からして、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして同条一項の規定による住民監査請求を行う場合については、この監査請求の期間制限に関する規定の適用がないものと解すべきことも、昭和五三年最判の判旨にあるとおりである。
しかし、同条二項の規定により、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後にされた監査請求が不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないこととされているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより、同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないから、地方公共団体の長その他の財務会計職員の財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求については、その怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当であることは、昭和六三年最判の判旨にあるとおりである。
二 控訴人らによる本件監査請求及び本訴請求の法的構成について
1 控訴人らが平成七年一一月二七日にした本件監査請求が、被控訴人らが談合という共同不法行為によって本件各請負契約の契約金額を不当につり上げて、工事委託者として最終的に契約代金を負担した市に損害を与えたものであるから、市長は、右の損害賠償請求権を行使して市の被った損害を補填する措置を講ずる責任があるのに、これを怠っているとして、市長に対してその措置を講ずべきことを勧告するという内容のものであることは、前記引用に係る原判決の記載にあるとおりである。
また、控訴人らの本訴請求は、市が被控訴人らに対する損害賠償請求権の行使を怠っていることが、違法に財産の管理を怠っていることになるとして、被控訴人らに対して市に代位して損害の賠償を請求するものであり、その損害賠償請求権の発生原因を、被控訴人事業団が被控訴人九社による違法な談合ルールによって受注業者と決定された被控訴人三菱電機及び同明電舎との間で本件各請負契約を締結し、右の談合によって水増しされた請負代金を前提として、市に費用の負担をさせて損害を与えたとするものである。
2 ところで、原審における控訴人の主張のみからすると、控訴人らの本訴請求が、右の市による前払費用の支払等に関する財務会計行為が違法であることをもその請求を理由づける事実の一つとして主張するものなのか否かは必ずしも明らかでないところがあり、むしろ、市が被控訴人事業団に費用の前払いをしたときに市に損害が発生するものと主張していたところからすると、その際の市の財務会計職員の行為に何らかの違法とされる点があったものとする趣旨をも含むものと解される余地がないではないところである。しかし、控訴人らは、前記の当審における主張において、被控訴人らによる談合行為の存在を考慮に入れても、年度実施協定の締結の時点では、その協定で定められた工事代金額自体を違法と評価し得るものではなく、また、この時点あるいはこの協定に基づく委託費用の支払いの時点で、市に損害が発生するものともできないものと主張するに至っている。このような当審における主張を前提にすると、控訴人らの本訴請求は、右の年度実施協定の締結やこの協定に基づく市の被控訴人事業団に対する工事費の支払いの際の市の側における財務会計行為に何らかの違法があったことに基づいて市の被控訴人らに対する損害賠償請求権が発生したとするものではないこととなる。むしろ、控訴人らは、この時点における工事代金の額は、談合行為の影響を受けていない適法なものであるとし、その後になって被控訴人事業団と被控訴人三菱電機及び同明電舎との間で結ばれた本件各請負契約における請負代金の額が、被控訴人らの間での談合の影響によって不当につり上げられ、このことによって市に損害を与えたものと主張しているものと解されるのである。
3 もっとも、控訴人らの主張をこのように解した場合、このような被控訴人事業団と被控訴人三菱電機及び同明電舎との間での請負契約額の決定によって、市がどのような経過から損害を被ることとなるのか、また、果たしてこれによって市に損害が発生することがあり得るのかの点が疑問となるようにも考えられるところである。しかし、これらの点は、むしろ本案の審理において審理、判断されるべき事項であり、この点に関する理由付けが明らかでないからといって、そのことから、控訴人らの本訴請求が、右のような控訴人らの主張内容にもかかわらず、なお市の職員等の財務会計行為の違法を理由に市に損害賠償請求権が発生するとするものになるわけでないことはいうまでもないところである。ちなみに、前記の控訴人らの当審における主張では、市が年度実施協定に定めるところにより被控訴人事業団に支払う工事費用については、工事が完成した時点で、被控訴人事業団で要した費用が市からの納入額を下回ることとなった場合には、被控訴人事業団がその還付を行うという形で精算が行われることになっており、したがって、仮に被控訴人らによる談合による請負工事代金の不当なつり上げがなかったとすれば、市は被控訴人事業団からその差額の還付を受けられたはずであり、この点で、市に損害が発生することになるものとしているのであり、このような工事完成時点における精算の仕組みについては、被控訴人事業団の当審における主張の中にも、右の控訴人らの主張内容に沿うかに思われる部分が見受けられるところである。
なお、被控訴人らは、控訴人らの右のような当審における主張が、時機に後れて提出されたものであるから、却下されるべきであると主張する。しかし、控訴人らの右の点に関する主張が、専ら本件訴訟の訴訟要件に関するものであり、これによって、その主張事実等に関して証拠調べの必要が生じることとなるようなものではないことからすると、これを時機に後れた主張とまですることは、相当ではないものと考えられる。
4 被控訴人らは、本件の事案が、実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実として監査請求がされた場合で、対応する財務会計職員の特定の財務会計行為が違法又は無効であることに基づいて当該請求権が発生する場合に当たるものとし、その根拠を縷々主張するが、結局、その主張は、控訴人らの本訴請求が、市の財務会計職員の側の行為に何らかの意味で違法とされる面があることを前提とするのでなければ、およそ請求として成り立ち得ないものであり、このことからして、控訴人らの本訴請求が、必然的に、右のような市の職員の側の違法行為の存在をその前提とするものとならざるを得ないということをその根拠とするものである。
しかしながら、本件において、市の被控訴人らに対する損害賠償請求権の発生原因としてどのような法的構成による主張を行うかは、まず、控訴人らの側においてこれを決定すべきものであることは、いうまでもないところである。しかも、前記のとおりの控訴人らの当審における主張を前提とする限り、控訴人らは、仮に被控訴人らの主張するように、本件において市の職員の側に何らかの意味で違法とされる行為があったとしても、その点を本訴の請求原因としては主張しないこととし、市の職員の側の違法な行為というものの存在を前提としない、これとは別途の法律構成による請求を行うこととしたものであることは、明らかなものというべきである。そうすると、控訴人らの本訴請求が、結局において市の職員の側に何らかの意味で違法とされる行為があったとの主張を含むものであることを前提とする被控訴人らのこの点に関する主張は、その前提を欠くものとせざるを得ないこととなる。
なお、被控訴人らは、右のような法律構成による控訴人らの請求は、それ自体で理由のないことが明らかな、主張自体で失当とされるべき請求に該当するとも主張する。しかし、このような構成による控訴人らの請求が失当なものであるか否かを判断するためには、本件各基本協定や本件各年度実施協定の定めと本件委託工事費用や本件各請負契約における請負代金額との関係、さらには、被控訴人事業団による委託費用の精算の仕組み、方法等がどのようなものとなっているかを明らかにする必要があるものと考えられるのであって、これらの点に関する事実関係のいかんを問うまでもなく、このような請求が、その請求自体で失当とされるものとすることは困難なものというべきである。
三 本件監査請求に対する法二四二条二項の規定の適用の有無について
以上に検討したところからすると、控訴人らの本件監査請求は、右のような構成による控訴人らの本訴請求に相当する請求をも包含しているものと考えることができ、また、この請求は、市において違法に財産の管理を怠る事実があるとするものであって、しかも、財務会計職員の財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とするものには該当しないこととなるから、本件監査請求については、その期間制限を定めた法二四二条二項の規定の適用がないものとすべきことになる。
第四 結論
以上によれば、控訴人らの本件監査請求について法二四二条二項の規定の適用があることを前提として、本件訴えを適法な監査請求を経ていない不適法な訴えに当たるものとしてこれを却下した原判決は、その余の点について判断するまでもなく、失当なものというべきであるから、これを取り消し、本件を第一審裁判所である東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 増山宏 裁判官 合田かつ子)